第7回  正解
イタリーのマーキュリーでした。



■マーキュリー(MERCURY)はイタリーを代表する1/43シリーズの一つであり、小スケールサイズでは、60年代に十数種類のみ作られたスピーディが我が国でも比較的有名ですね。

■ところが伊国の小スケールモデルには、我が国に入ってきていないどころか、世界中のコレクターから黙殺されているシリーズもけっこうあり、70年代マーキュリーもまさにその一つです。
(スピーディ以前の50〜60年代におけるマーキュリー、70年代マーキュリーについては、DIECAST CAFE にてI3Rさんが解説されてますので、ご参照ください。)


■ワイキキが最初に見つけた70年代マーキュリーはなにかと言うと、我が永遠のアイドル、ランチャ・ストラトスでした。ストラトスの生まれ故郷、イタリー製であることにまず驚かされ、そして後年、ネットで同モデルを探しても画像すらなかなか見つからないことで、かなりレアなモデルであることを確信したのでした。 今回も我がアイドルをネタとしようと準備を進めていたのですが、諸事情により(笑)、急遽アルファに差し替えたという経緯があります。

(余談1)ストラトスと同時に、ジルメックスと同じ型式のマーキュリー版ポルシェ935ターボも見つけました。
(余談2)イタリー製小スケールのストラトスとしては、他にジオディ(GIODI)版が存在します(未入手)。


ミニカー暗黒時代


■現在の活況ぶりからは信じられないような話ですが、70年代から80年代にかけて、全世界的に「ミニカー暗黒時代」という状況にありました。

■ミニカー暗黒時代は、「小さな自動車博物館」の館長であるはろーさんがお使いになった言葉で、まさにあの時代を知る者ならではの、簡潔にして適切な表現だと唸らされたものです。
当時、伝統ある1/43ブランドのほとんどが死に絶え、かろうじて活動しているブランドからも、サイズを問わず、なかなか新車がリリースされなかった状況にありました。今もあるソリドなどの老舗ブランドはだいたい、別資本でブランド名だけ復活したか、他社に買収されたものなのです。そう、我らがマッチボックスですらその例外ではありません。

■では、ミニカー暗黒時代をもたらした原因は何か……これには諸説あります。

■外部的要因としては、ミニカーのもとである自動車業界のダウンです。実車の動向とミニカー界が密接に結びついているのは言うまでもないことで、70年代と言えばオイルショックと排ガス規制により、自動車が本来持っている「趣味性」という部分がかなり失われ、車という存在そのものの魅力が損なわれてしまった時代でした。事実、多くのスポーツカーメーカーがこの時代に経営を悪化させ、大メーカーに身売りしています。
実車の世界が魅力を失えば、ミニカーも輝きを失う。ホビーであるミニカーも、そういった時代の影響をもろに受けたというわけです。

■もっとも現在では、ヒストリックカーをモデル化するという手法が定着しており、たとえ現行車に魅力がなくても、ミニカーの売れ行きにはさほど関係ないという考え方もあります。しかし70年代以前のミニカー界では、昔の車をニューモデルとして出すというのは一般的ではありませんでした。

■内部的要因としては一つの説がささやかれています。
60年代の終わりに登場した、けばけばしいミニカーが市場を席巻し、その結果、ミニカー全体が魅力を失ってしまったのだ、と。
けばけばしいミニカーが何かは言うまでもありませんね。ワイキキはこれを「ホットホイール・ショック説」と呼んでいます。

■メタリック塗装、実車とは関係のないハデなタンポ印刷に彩られ、オリジナルの形状も数多いホットホイールは、子どもへの訴求効果が高く欧米市場で売れに売れまくりました。それに脅威を感じた老舗ブランドも、同じようなモデルを急遽投入し対抗しようと企てました……たとえばマッチボックスのスーパーファストですね。ところが、それによって従来のコレクターから見放されてしまうこととなり、ミニカー界全体が沈みはじめた……というのがホットホイール・ショック説のあらましです。70年代に発刊されたミニカー関連の書籍をひらけば、当時のコレクターさんがホットホイールを悪し様に言う一節がきっと見つかることでしょう。
今をときめくホットウィールですが、ミニカー史をかえりみれば、功罪相半ばする存在だと言えそうです。

(注)
世界的コレクターである中島登さんはその著書「世界のミニカーII」(保育社、1980年刊)において、当時のミニカー界を巡る状況を次のように概括されています。(項目のみ)
・ヨーロッパ主要先進国の経済の停滞
・インフレーションの加速的な昂進、コストの高騰
・世界的な大資本による業界の市場支配体制の進行(米国のコングリマットのヨーロッパ業界への進出)


■では、暗黒の下、ミニカー界は本当に壊滅状態にあったのか。世界中が暗黒に包まれていたからこそ、ひっそりと息づくモデル達が各地に存在していたのではないか……?

■そうです、我が国ではトミカという偉大なる存在が世代を越えた根強い支持を得ていました。ドイツのシクはトミカと同じような役割を自国の子ども達に果たし続けました。グレイなモデルも数多いとはいえ香港モノが若きコレクター、ワイキキ少年の飢えを癒してくれたことはけっして忘れないでしょう。そして欧州各国でも、南米でも……ミニカーの灯はけっして消えることなく、個性あふれるモデル達を生み続けていたのです。しかもその中心となったのは、世界共通の標準スケールではなく、不統一であるがゆえに味のある小スケールだったのだろうと、ワイキキは想像します。




■70年代マーキュリーについての研究はまだまだ途上にあり、所有しているモデルもわずか数台に過ぎません。
そこで今回は、60年代スピーディとあわせてご紹介することとしましょう。
では、ささやかながら、知られざるイタリー娘達をどうぞ……。



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上記内容は、すべてワイキキの記憶にもとづくものであり、
事実誤認、歪曲、欠落等がありましてもご容赦ください。
あるいは、すべて創作かも知れません。