第9回  正解
香港のティントイズでした。




2人のディノ


■1967〜1972に製造されたフィアット・ディノには、異なるデザイナーの手による2種類のスタイルがありました。流麗に波打つフロントカウルを持ったスパイダーはピニンファリーナ、某国産ヒストリックカーのシルエットを連想させるクーペを手がけたのは、言うまでもなくベルトーネです。

■ピニンファリーナとベルトーネ、二大デザイナーの競作などというと、我々はそこに、互いのメンツをかけた火花散る対抗意識&フィアット社のしたたかな思惑があったのではないかと想像してしまいますが、実際、ピニンファリーナは、クーペ&スパイダーの製産が始まってからも、モーターショーにてクーペのデザインスタディを披露していたりします。

■一方、ご存じのとおり、ベルトーネはのちに246GTの後継車であるディノ308GT4のデザインを担当しています。同車がフェラーリでありながらピニンファリーナのデザインではないことは、しばしセンセーショナル的に語られることですが、この人選にあたっては、クーペ&スパイダーの実績が多かれ少なかれ影響したのでしょうか。(などと……あれこれ想像すると楽しいですね。)

■スタイリングは誕生時から2種類ですが、搭載されたエンジンによって前期型と後期型に分類されます。心臓部のディノV6ユニットは当初アルミニウム・ブロックの2リッター版でしたが、後期型では、鋳鉄ブロックの2.4リッターにかわっており、これはちょうどディノ206GTから246GTへのチェンジと符号するものです。


ヒストリックカーとしてのディノ


■フィアットが世に送り出したディノといえば、フェラーリのV6ユニットをレース用にホモロゲートさせるために企画された量産車と思われがちですが、後期型のクーペ2400およびスパイダー2400の製産台数は、むしろ246GTシリーズよりも少ないぐらいであり、想像以上にレアな車でもあります。

■前のページで、「あまたのディノ・フリークからほとんど黙殺されている」と書きましたが、googleでイメージ検索してみると、思いがけないほどフィアット・ディノの画像がヒットすることに驚かされるでしょう。

■先の一節は我が国での評価を念頭においたもので、欧州では、400台あまりしかつくられなかったスパイダー2400を筆頭に、ヒストリックカーとしてそれなりの地位が確立されているようです。


では、なぜ日本では……?


■なにしろ我が国のディノ信奉者といえば、その75パーセント(推定)がスーパーカーブーマーでしょうからね〜。子どもの時分熱狂した「サーキットの狼」でインパクト大の描かれ方をしたディノ246GTが神格化され、“ディノのエンジンを載せただけのフィアット”など見向きすらされないのは無理もない話です。

■ワイキキにしても、まだ小学生の頃、はじめてポケッターのリストにフィアット・ディノの名を見つけたとき、頭の中が疑問符だらけとなってしまったことをよく憶えています(てっきり誤植かと……)。
ディノクーペ&いすゞ117クーペ(トミカ)


香港物の評価


■ここ10年、20年ばかりの間に、我が国でも、古いオモチャの蒐集が趣味の一ジャンルとしてすっかり定番化したところであり、その流れもあってか、70年代の香港製小スケールミニカーに対する評価も日増しに高まりつつあるようです。

■実車ファンにとっても、香港物はヒストリックカーや珍しい車種の宝庫であり、トミカやホットホイールのラインナップだけではけっして満足できないエンスーな人々が、やがては香港物にたどり着くのはごくごく自然な成り行きでしょう。

■ところが70年代〜80年代にかけて、MADE IN HONG KONGは、チープなチープなミニカーの代名詞としてきわめて低い評価を与えられていました。

■ミニカーを蒐集している人なら誰でも、コレクションに理解のないセイジョウな人々……家族や友人、カノジョなどなどの白い視線を一度ならず感じたことがあるでしょう。(そういう視線にかえってゾクゾクする好事家もいらっしゃいますが。)

■それと同じように香港物は、標準スケールを中心とする欧州物コレクターさんばかりでなく、同じ小スケールのトミカコレクターさん達からもひたすら冷ややかな視線を浴びていたのです。たしかに当時の中国製玩具の質は、今とは比べものにならないほどチープ感漂うものばかりでしたし、70年代〜80年代といえば欧米礼賛〜“Japan as NO.1”の時代、アジア製というだけでかぎりなく低くみられる風潮にあったのです。

■流通に恵まれた「ポケッター」のプレイアート、「ミニカ」のホットホイールはやや別格として、香港物は、駄菓子屋の軒先に吊されたり、観光地の土産物として並べられていたりするのが一般的でした。もちろん、インベーダーゲームが流行る前の、古き良き(?)ゲームコーナーのガチャガチャも忘れてはいけません。値段はたいがい200円でした。

■そしてチープな香港物の代表格が、「W.T.」ナンバーのミニカー達……。


W.T.とは?


■フリマや駄菓子屋のデッドストックでたまにみかける、「W.T.」という文字とそれに続く番号が裏面に刻印されたチープなミニカー。ブランド名が不明な割に、探してみると、F1やら、ロードカーやらけっこうな種類がある。トミカサイズを集めている人にとって一度は謎に感じるシリーズのようですが、それらこそ、70年代〜80年代に香港ティントイズが送り出した小スケールモデルです。

■「W.T.&番号」だけではなく、「T.&番号」のモデルもティントイズ製であり、「W.T.」が何の略なのか、「W.T.」と「T.」との違いはなんなのか、確実な情報は今のところありません。

■ブリスターのカードなどにはFast Wheel、Tintoysと書かれていることが多いのですが、モデル本体にそう明記されているのは今のところ見たことがありません。ワイキキにしても、W.T.シリーズがティントイズ社製だということを知ったのはつい2、3年前のことであり、20年以上ずっと“WT”と呼び続けていました。
W.T.508 FERRARI 312P


W.T.のラインナップ


W.T.シリーズは、ジャンルごとにひとつのアソートとなって売られるケースが多かったようで、それぞれ10台前後ラインナップされています。ジャンルとしては以下のものがあります。

・70年代前半のF1(60年代物もあり)
・70年前後のカンナムマシン&スポーツプロトタイプ
・70年前後のコンセプトカー
・70年代の市販スポーツ
・クラシックカー(1/50くらい?)
・ミリタリー
・その他

■とくにF1、カンナム&スポーツプロト、コンセプトカーはそれぞれジャンルごとに非常によく似たタッチで作られており、W.T.シリーズとしてのキャラが立っています。

■一方、70年代の市販スポーツは出来にばらつきが大きく、金型作製の時期にかなりの幅があると思われます。今回ご紹介した蜘蛛の巣型ホイールのディノクーペは、欧州物にもけっして見劣りしないW.T.シリーズの至宝とでもいうべきモデルですが、これをW.T.シリーズの標準と考えてはいけません。

■カンナムマシンなどよりずっと後に作られたらしいトヨタセリカLBは、あらゆるスケールのセリカで最低のフォルムであり、シトロエンCXにいたっては、4つのタイヤがなければダイキャスト製のイモ虫にしか見えません。悪しき香港物の見本のようなこれらはW.T.4000番台としてまとまっています。

■また、なかには、ダイヤペット50シリーズに極々似ているという噂の大振りなサイズのモデルや、鉛筆削り器としての機能を付加されているものといった、きわもの的なモデルもいくつかラインナップされています。
1/43?のフィアット・ディノ(T.210)


W.T.シリーズ、その魅力


■なんといっても、希少車やそれに準じるモデルの多さが、W.T.シリーズの魅力でしょう。ワイキキのコレクション対象でいえば、レーシングモデルならマーチ707、リジェJS3、フェラーリ512M、ガスタービン車のホーメットTX……。ロードゴーイングモデルなら、フィアット・ディノクーペ、ランチャ・フルヴィア(未入手)、ラリー仕様風フェアレディZ。コンセプトカーならアルファロメオのイグアナ、そしてフェラーリのアレ……。

■ヤトミンやジルメックスといった他の香港ブランドが英国製小スケールや香港物同士で高確率でかぶっているのに対し、W.T.シリーズはかなりの独自路線を突き進んでいます。

■そう、香港=数限りないコピー製品を生み出す魔窟といったイメージが強いのですが、W.T.シリーズの場合、その下敷きになったと思われる小スケールモデルがあまり見あたらないのです。

■これはまったくの想像ですが、多くの香港物が英国本国の小スケールモデルを手本としたのに対し、W.T.シリーズは、1/43スケールを参考にしていたのではないでしょうか。なかでもイタリー製モデルあたりにそのルーツがあるのでは……とワイキキは考えています。
WT初期のカンナムマシン&スポーツプロト


突然の主役交代


■さて、ここでいよいよ、70年代後半に我が国で起こった「とある事件」についてお話しすることにしましょう。

■それにあたっては、W.T.シリーズにおける“もう1人のディノ”にご登場いただかなければなりません。
(ごめん、ディノクーペ。今回貴兄は引き立て役にすぎなかったのだよ。)

■では、真の主役、登場……。

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